夜の横濱は
静かすぎると逆に耳障りだ
港のクレーンが止まり
車の音も途切れると
空気だけが残る
廻は歩きながらスマホを弄っていた
地図アプリでもメッセージでもない
ただの黒い画面だ
「……来るな」
独り言のように呟いた
その直後だった
背後で靴音が増えた
四つ
いや
五つ
「おい」
軽い声
若い
廻は振り返らない
「この辺 通行料いるんだけど」
廻は立ち止まり
ゆっくり振り返った
笑う
「え そうなんですか
知らなかったなあ」
相手はチンピラだ
服も目つきも安い
だけど数は揃っている
「金 持ってんだろ」
「いやあ 今日はツイてなくて」
廻は困ったように首を傾げた
その仕草が
なぜか癪に障ったのだろう
「ナメてんのか」
距離が詰まる
その時――
ジャラッ……
金属音が夜を引っ掻いた
廻の横を影が通り過ぎる
久我鉄平は何も言わなかった
溜めるように一歩
次の瞬間
ドンッ
音だけが爆ぜた
最初の一人が壁に叩きつけられる
廻はその瞬間――
目を逸らした
計算通り
でも 見ていられなかった
鉄平の拳は無駄がない
二人目は腹
三人目は顎
骨の鳴る音
息の抜ける音
説明はいらない
四人目は何もできなかった
残った一人が震えながら後退る
「ち 違う……」
鉄平は止まらない
だが 最後の一撃は――
「もういいです」
廻の声だった
鉄平の拳が止まる
沈黙
倒れた男たちの呻き声だけが残る
「……俺は」
鉄平が低く言った
「お前の引き金が嫌いだ」
廻は何も言わない
「だが」
鉄平は拳を下ろす
「撃ったのは俺だ」
廻はようやく顔を上げた
笑顔はもうなかった
「ありがとうございます」
その声は冷えていた
ジャラッ……
チェーンが鳴る
その音が
横濱の夜に刻まれた――
最初の境界線だった
(第2話 完)