倉庫街から少し離れた高架下。
夜でも車の音が絶えず、街の鼓動だけが響いている場所だった。
鳴海 廻は、壁にもたれてスマホを眺めていた。
画面には、短いメッセージのやり取りが並んでいる。
噂。
尾ひれ。
歪められた事実。
それらが、思った以上の速度で広がっていた。
「……効きすぎですね」
独り言のように呟く。
その横で、久我 鉄平は黙って煙草に火をつけた。
赤い火が、夜に瞬く。
「あの店主、まだ意識戻らねぇらしい」
低い声だった。
廻の指が、ぴたりと止まる。
「……そうですか」
それ以上、言葉は続かなかった。
沈黙。
重たい空気の中で、鉄平が煙を吐き出す。
「お前のやり方が悪いとは言わねぇ」
廻は顔を上げなかった。
「でもな……」
鉄平は、拳を見つめる。
「越えちゃいけねぇ線ってのは、ある」
廻の肩が、わずかに揺れた。
「分かってます」
声は静かだったが、震えはなかった。
「だから――次は、終わらせます」
鉄平が、視線を向ける。
「終わらせる?」
廻は、ゆっくりとスマホをしまった。
そして、初めて正面から鉄平を見る。
その目は、冷えていた。
怒りも、迷いも、全部沈めたような目だった。
「あいつらがルール無用なら」
一拍、置く。
「こっちも、“えげつない手”で行きます」
鉄平は、短く笑った。
「……やっと、その顔になったか」
廻は、小さく息を吸う。
「もし、俺がまた――線を見失いそうになったら」
言葉を探すように、少し間が空いた。
「殴って止めてください」
鉄平は、即答した。
「殴る」
廻は、わずかに口角を上げた。
「……助かります」
そのやり取りに、余計な感情はなかった。
だが、それは――
互いに背中を預ける覚悟だった。
鉄平が、革ジャンの襟を正す。
「で、行き先は?」
廻は、夜の向こうを指さした。
「港湾連合の倉庫です」
「正面から?」
「いえ」
廻は、静かに言った。
「最初に、嘘を撃ちます」
鉄平は、ゆっくりと立ち上がる。
ジャラッ……
ウォレットチェーンが鳴った。
「なら、俺は引き金の後だな」
廻は、頷いた。
「はい」
二人は歩き出す。
夜の奥へ。
後戻りできない境界線の向こうへ。
横濱の風が、冷たく頬を打った。
それでも――
足取りは、迷っていなかった。