第1話|境界線の夜

『BORDERLINE YOKOHAMA』

第1話 ―― 境界線の夜 ――

横濱の夜は、いつも湿っている。
港から流れてくる潮の匂いと、アスファルトに残った昼間の熱が混じり合って、肺の奥にまとわりつく。

この街では、強い拳を持つ者が尊敬される。
少なくとも、表向きは。

だが――
鳴海 廻は知っていた。

本当に街を動かしているのは、拳じゃない。

噂だ。
嘘だ。
そして、人間の「信じたい」という弱さだ。

廻はパーカーのフードを目深に被り、雑踏の中を歩く。
量販店で買った、どこにでもある服。
誰の記憶にも残らないための、完璧な擬態。

その背後で――

ジャラッ……

重たい金属音が、夜に落ちた。

久我 鉄平。
黒のライダースに、革パン。
腰にぶら下がるウォレットチェーンが、歩くたびに警告のように鳴る。

二人は、並んで歩いていない。
だが、同じ方向を見ていた。

この夜、横濱に――
新しい「境界線」が引かれることを、まだ誰も知らない。